音楽工作所 その2

日時:1999年5月22日(土)2時30分〜5時(開場2時)
会場:三鷹市芸術文化センター第一音楽練習室(三鷹駅徒歩12分)
入場料金:1000円
入場者数:53人

<告知文>
中ザワヒデキ(ホームページはこちら
二声の五十音インヴェンション
二声の五十音カノン
三声の五十音カノン(改訂版初演)
数字詩[一または四話者のための十進数字朗読詩](初演)
768個の装飾音符付楽音のある単旋律(生演奏による初演)
演奏:足立智美ロイヤル合唱団(声)、宮木朝子(ピアノ)
美術家、中ザワヒデキによる全音楽作品集。一種のイデア論とでもいうべき美術作品をつくる中ザワヒデキは、また音響詩という形式で音楽作品も発表している。それは日本語の五十音によるセリー音楽という他に類をみないものだ。今回は新作である数字詩、ならびに美術作品として発表されたピアノ曲の初演も行う。

森本誠士
ジョン・ケージの演奏家、笙演奏家として出発し、パフォーマーとして小杉武久、ヤマタカアイらと共演、サウンド・インスタレーションも発表している森本は、微細な音に聴き入る耳を喚起しながら、時間が知覚されるさまを作品化する。彼は、またエレクトロニクスと身体を確定性と不確定性の微妙なバランスの上に置く。今回は自作のフィードバック装置によるパフォーマンス。

足立智美
楽譜と演奏の関係は、視覚情報を聴覚情報に置き換える、あるいはその逆と考えることが出来る。ならば聴覚情報による楽譜、視覚情報による演奏も可能ではないか。書かれない楽譜、音のない音楽。そんな仮想音楽の試みをする予定。普段のヴォイス・パフォーマー、即興演奏家としての活動とは違った面を見せます。

<当日のプログラム>
足立智美/視覚のための具体音楽(2声による)

森本誠士/ring+balance(同時演奏)
 ring(1997):フィードバックによる音の揺れ/歪み。
 balance(1999):固定音(アラーム)のON・OFFによる「聞こえ」の変化。

中ザワヒデキ/二声の五十音インヴェンション(全三曲)
       二声の五十音カノン(全四曲)
       三声の五十音カノン(全五曲)改訂版初演
       768個の装飾音符付楽音のある単旋律(生演奏による初演)
       数字詩[一または四話者のための十進数字朗読詩](全五曲)初演
   演奏:足立智美、宇波拓、平田裕司、福永綾子(声)
      宮木朝子(ピアノ)

   中ザワヒデキによるレクチャー

<視覚のための具体音楽(2声による)の解説>
 例えば今世紀のセリエリズム音楽においては、クセナキスが指摘したようにその音響をほとんど無秩序としか知覚することができない。ところが楽譜に目をうつすと、そこには複雑精緻な対位法技術が駆使されていることがわかる。しかし聴覚情報としてはその対位法的構造を聞き取ることができない。秩序は視覚上のものである。ではこの秩序は音楽の秩序なのであろうか。
 記譜法の誕生、発展はポリフォニー音楽の展開と切り離して考えることはできない。聴覚情報としては完全には認識できないポリフォニーは視覚で参照される必要があった。
 楽譜と演奏の関係を整理してみると、視覚情報を聴覚情報に変換する、あるいはその逆と考えることができる。ではこのつながりを切り離し逆転させ、聴覚情報を楽譜に、視覚情報を演奏に見立てることも可能である。この一種の仮想音楽が今日の試みである。

 ここでは、2声の単純なポリフォニーの形式が適用された。音価はフィボナッチ数列から2、3、5、8、13、21(1=5秒)が用いられ、ある規則によってならべられる(バルトークがこの数列の使用に託した黄金比率といった意味あいはない)。音列は5つの音と決め、漸次的進行(A AB ABC ABCD .....)を行う。2つの声部は第二声部の音価の列が第一声部の逆行型であるだけで同じ音列を用いる。音量のパラメーターは扱われていない。
 また、バロック音楽以前の音楽に存在した通奏低音がこの作品に用いられる。曲の中心で一度変化するだけなのでむしろドローンに近いものであるが、文字通り視覚的な背景として働く。
 素材(音)としては5種10個(1声部につき5種5個)+1個(通奏低音)の物体が選ばれた。いわゆる楽音に対応する抽象性を持つためには素材として色彩を用いるのが適当だが、光源を用いない限り抽象的な色彩を扱えないので、敢えて具体的で連想作用さえ強い物体を使う。語の定義は単純ではないが、一種の「ミュージック・コンクレート(具体音楽)」といって差し支えないだろう。構造の抽象性と素材の具体性は関係ないというのがここでの立場である。
 楽譜はプログラミング言語MAXとSpeech Managerの組み合わせでマッキントッシュコンピュータの音声出力として作成された。英語になっているのは単に私のSpeech Managerが日本語に対応していないという理由である。若干不安定なため、MDに一旦落としたものを使う。

 視覚情報も時間軸上で提示されるとその構造は認識し難い。その意味では前述のセリー音楽と事情は同じである。この音楽は構造と現象の矛盾を解決するものではない。視覚で時間構造を持たない一つの和音を提示すれば、矛盾は解決されるが、それは全くの美術作品になるだろう。とりあえず時間構造を持たないものは音楽ではないと仮定しての話だが。

 この作品はリニアーな音響情報を視覚的に扱うことを可能にするかずかずのテクノロジー(ハード・ディスク・レコーダー、シーケンサー、コンピュータ)の存在、またディーター・シュネーベルのいくつかの作品、ジョン・ゾーンの初期のシアター作品、そして今日演奏される中ザワヒデキの五十音ポリフォニーからの影響を受けている。
(足立智美)

<当日の様子> 解説は足立智美、写真は福永綾子、等々力薫子による。
足立智美
視覚のための具体音楽(2声による)の上演。コンセプトは上記解説を参照。MDから流れる指示に従って、足立が2つの譜面台の上にトランクス、ソーセージ、トランジスターなどの物体を載せる。また途中で背景のピアノのふたを閉める。10分間の演奏。
森本誠士
マイクとスピーカーによるフィードバック装置を客席の周りに設置。タイムテーブルに従ってスピーカーの設置位置を変える。後半は目覚まし時計のアラームをオン/オフ。
中ザワヒデキ
美術家中ザワヒデキによる全音楽作品上演。演奏は二声の五十音インヴェンション(全三曲)/足立智美、福永綾子、二声の五十音カノン(全四曲)/宇波拓、平田裕司、三声の五十音カノン(全五曲)/足立智美、福永綾子、宇波拓、768個の装飾音符付楽音のある単旋律/宮木朝子(ピアノ)、数字詩[一または四話者のための十進数字朗読詩](全五曲)/足立智美、福永綾子、宇波拓、平田裕司。
上演後、中ザワヒデキによる、作品分析を中心としたレクチャーも行われた。


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